この映画は、2017年8月に韓国で公開され大ヒットしました。
コメディタッチで始まるのですが、次第に主人公の気持ちとシンクロしていく映画の空気感、緊迫感に息をのむ展開となります。
実際に起こった事件を基に作られたストーリーですが、事実と異なる創作部分もあります。
ストーリーあらすじ
1980年5月。
貧乏なタクシー運転手が高額報酬目当てで乗せた客は、
1人の外国人記者だった―――――
ソウルのタクシー運転手マンソプは
「通行禁止時間までに光州に行ったら大金を支払う」
という言葉につられ、ドイツ人記者ピーターを乗せて英語も分からぬまま一路、光州を目指す。何としてもタクシー代を受け取りたいマンソプは機転を利かせて検問を切り抜け、時間ぎりぎりで光州に入る。
“危険だからソウルに戻ろう”というマンソプの言葉に耳を貸さず、ピーターは大学生のジェシクとファン運転手の助けを借り、撮影を始める。
しかし状況は徐々に悪化。マンソプは1人で留守番させている11歳の娘が気になり、ますます焦るのだが…。
引用元:映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』公式サイト
タクシー運転手とドイツ人記者が、光州で見たものとは。
そして、光州事件の裏側とは。
キャスト(出演者まとめ)
キム・マンソプ役(ソン・ガンホ)
幼い一人娘と二人暮らしのシングルファーザー。
個人タクシーの運転手をしていますが、優しい人柄からいつも損な役回りをしまうことも多々。貧乏で、家賃もずっと滞納しており、靴の踵を踏んでいる娘に靴を新調してあげることも出来ません。
ソン・ガンホの代表作『パラサイト 半地下の家族』『スノー・ピアサー』『シュリ』
本作でモントリオールファンタジア国際映画祭・男優主演賞を受賞しました。
ユルゲン・ヒンツペーター ※ピーター役(トーマス・クレッチマン)
ドイツ人の記者。平和で快適すぎる日本から韓国へ。
光州事件を取材し、韓国外で報道することに寄ってこの事件の収束を狙っています。
歴史上で「青い目の目撃者」と言われている人物です。
本作が描かれるきっかけとなったであろうピーターが実際に撮影した映像、映画ではその撮影シーンも「こうやって撮ったのではないか」と重ねて観ることが出来ます。
トーマス・クレッチマンの代表作『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』『キング・コング』『戦場のピアニスト』
ク・ジェシク役(リュ・ジュンヨル)
学生デモの一員で、少しだけ英語を話すことが出来ます。
賢く勇敢、そして優しい青年。流れから、ピーターの通訳を行ってくれ2人を様々な面からサポートしてくれます。
リュ・ジュンヨル代表作『スピード・スクワッド ひき逃げ専門捜査班』『リトル・フォレスト 春夏秋冬』『金の亡者たち』
ファン・テスル役(ユ・ヘジン)
ジェシクの父親で、個人タクシーの運転手。息子と等しく人格も良く、仲間たちも慕われています。息子や家族と共に、マンソプたちを助け受け入れてくれます。
ユ・ヘジン代表作『王の男』『1987、ある闘いの真実』『完璧な他人』
韓国の光州(クァンジュ)事件とは?
上記の写真は、当時のもの。写真の上側が光州市民、手前側が戒厳軍です。
まるでこれから戦争でも始まりそうな様子に見えますよね。
光州事件は、1980年5月18日から27日にかけて大韓民国(韓国)の全羅南道の道庁所在地であった光州市(現:光州広域市)を中心として起きた民衆の蜂起。
5月17日の全斗煥らのクーデターと金大中らの逮捕を契機に、5月18日にクーデターに抗議する学生デモが起きたが、戒厳軍の暴行が激しかったことに怒った市民も参加した。デモ参加者は約20万人にまで増え、木浦をはじめ全羅南道一帯に拡がり、市民軍は武器庫を襲うと銃撃戦の末に全羅南道道庁を占領したが、5月27日に大韓民国政府によって鎮圧された。
引用元:Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/
別名・光州暴動、光州事態などとも呼ばれていましたが、のちに「5・18光州民主化運動」と呼称されるようにもなりました。
その後、1987年6月29日に韓国では民主化宣言がされました。
この事件は現在も未だに解明されていない点が多いようです。
映画と事実の異なるところ
この映画のドイツ人記者と、光州まで彼を運んだタクシー運転手は、実在する人物をモデルに描いていますが、実際の設定など細かな点は映画のオリジナルとなっています。
まず、タクシー運転手”キム・サボク(映画の中では仮名)”さんは非常に勉強家で、映画では英語をかじっている程度としか表現されていませんが、実際のサボクさんは英語や日本語も話せる人だったとのことです。また、ソウルのパレスホテルで外国人専用タクシー運転手の仕事もしていたことから、サボクさんがピーターさんを乗車させたのも、光州の状況を知った上で協力したのではと言われています。
後に名乗り出たサボクさんの息子・スンビルさんがこう話しています。
「父は1970年代初期からソウルパレスホテルでタクシーを走らせていて、外国人のお客さんを予約制で受けていました。
息子 キム・スンビル氏のインタビューより http://japan.hani.co.kr/arti/politics/30571.html
偶然に誰かを乗せることはありませんでした」
サボクさんは、事件の4年後1984年に肝臓癌で既に亡くなられています。
5・18事件以来、同じ韓国人同士があまりに非情で残酷な争いをするさまがトラウマとなり、一度は辞めた酒を再び深酒することで気を紛らわすこともあったようです。
この映画公開後に、息子のキム・スンビルさんが名乗り出ておりサボクさんの人物像が明らかになりましたが、ピーターさんが「会いたい」と言っていた頃には消息が分かっておらず、事件後の再会は出来なかったようです。韓国の民主化が進み、映画公開となった今だからこそ、息子のスンビルさんも世間に名乗り出ることが出来たのではないでしょうか。
ドイツ公営放送連合(ARD)の記者ユルゲン・ヒンツペーターさんは、キムさんとの再会を夢見るも叶わず2016年にお亡くなりになりました。映画の最後にも、実際の彼の映像でインタビューが収録されています。
この映画を観ての感想
この映画を観て、序盤は非常にコミカルに描かれているため「コメディなのかな?」と思ってしまったのですが、その空気感から徐々に緊迫感を増していく展開にはとても引き込まれます。
特に、光州市に2人が入った辺りから主人公・マンソプと共に「あれ?そんなに深刻な状況だったの?」と危機感の無い状態から現実を知っていく目線で見進めることが出来ますので、何も知識の無い状態で見るとより目が離せなくなってくると思います。
ある程度の配慮を踏まえた映像なので、グロテスクなシーンはあまりありませんが、ぼかしや色などで曖昧した衝撃のシーンはあります。地獄絵図の様な場面を偶然マンソプが見てしまうシーンなのですが、確かにこんなことを現実にまざまざと見させられたらサボクさんがトラウマになってしまうのも解るような気がします。
米国の”黒人男性暴行死事件”で起きた暴動と重なる……!?
2020年6月現在、コロナウィルス(COVID-19)の騒動に続き、米国で大きな騒動となっている”黒人男性暴行事件”。黒人男性が白人警官に射殺された事件がキッカケとなり、これまでの経緯を含め大きなデモへと進展し、世界的にも衝撃を与えています。
以下は、著名人などのSNSに更新された米・ロサンゼルスの様子です。
まるで、光州事件の写真と重なる光景ですね。
政治的な発言は、私のような俄かライターが安易に触れてはいけないようにも思いますので割愛させて頂きますが、異なる国や異なる時代においても、こういった社会問題に日々触れて考える力を人間として養っていきたいと、この映画を通して改めて思います。
自分たちが日々受け取るニュース、報道、情報すべてが、自分の目で見たものでは無く第3者(もしくはそれ以上)を通して間接的に得られるものが多いです。
それらを真実か否か判断するのは比較的難しいですが、疑問視するだけでも少し平等というものに近付けたような気になります。自己満足かもしれませんが、安易に全てを信じ込むことは、偏見や捻じ曲げられた事実の被害者を生みだしてしまうかと思うと非常に恐ろしいことに感じます。
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